※一部、読む人によっては不快を感じる描寫や意図的に変更された表現、付け足された文章がございます。

 


 

いや、心霊寫真とはちょっと違うと思うんですよね。僕が見たのって。

深夜、というか殆ど朝方に體験したんですけど。

その時は大體八月の終わりごろで、通ってる大學の期末レポートの提出期限が何個か重なってたから、ひとり暮らしの下宿で遅くまでパソコンの前に向かってたんですよ。ワードパッド開いて、かたかた文字を打ち込んだり、別窓でグラフとか畫像を作って貼り付けたり。前もって少しずつやっておけよって話なんでしょうけど、あはは。

それで、黒かった窓の外がすこし青黒くなってきたかな、って頃に、その時作ってたレポートが大體完成したんですよ。あとは全體を読み直して目次とかをちゃんと付けて、體裁を整えれば提出できるって感じで。

 

で、その時書いてたのは翌日いっぱいまでに出せばいいレポートだったから、取り敢えず仮眠を取ろうと。今はほぼ徹夜だからあんまり頭も回ってないし、読み直しとかそういう作業は一回寢てからの方が良いだろうって思ったんですよね。

取り敢えず書きかけの文書ファイルを上書き保存して、ウィンドウとかは閉じずにパソコンをそのままスリープモードにして、ベッドに入って。

 

もう大學も講義の期間は終わってて、要は夏休み前の、期末試験とかレポートをするための期間で、僕もバイトとかの予定は入れてなかったから、特に目覚ましとかも設定してなくて。だから自然に起きるまでゆっくり寢られたんですよね。

結局、起きたのはお晝の十一時頃で。なんか感覚として眠りが淺いというか、疲れが微妙に殘ってるような感じがしてたんですけど、でも目が覚めて時計を見たらもうお晝の十一時だったから、予定とか入ってないにしても流石に起きなきゃなって思って。

目が覚めて、布団から出て、冷蔵庫から適當に見繕ったカフェオレとかヨーグルトとかをテーブルに置いて。昨日、というか厳密には今朝方まで觸ってたパソコンのスリープを解除したんですよ。大方作り終わったまま提出しないままでいるのも気持ち悪いし、レポートをざっとチェックして問題なさそうだったらもうさっさと出してしまおうと。

 

そしたら、まあ夜にウィンドウ閉じないまま上書き保存だけしてたパソコンの畫面が表示されるわけですよね。ワードパッドとか、あとは計算ツール、ペイントソフトとか。だから取り敢えず文章打ち込んでるワードパッドのウィンドウ以外は閉じて、書いた文章を初めから読み直していこうと。

それで、ざっとスクロールしてるときに、ちょっとここ直したいなっていうところがあったんですよ。文章の誤字とかじゃなくて、段落単位でこう、ここの文章はもうちょっと前に持ってきた方が良いかな、みたいな。

だからそのあたりの文章をコピーして、別のところに持っていこうとしたんですよね。そしたらまあ、食べながらやってたのが悪かったのか、ちょっと操作を間違えて。文章を貼り付けるところが一行分ずれちゃうみたいな感じになったんですよね。ああカーソルもう一個上にしないと駄目だったじゃん、みたいな。

 

だから一旦操作をやり直そうと思って、ショートカットキーでctrl+zを押したんですよ。ワードパッドだとこの操作って「元に戻す」キーだから、要はそれを一回押したらファイルの狀態が一個前に戻るわけですよね。

その時は多分、二回ぐらい押せば元の畫面に戻ったんだと思うんですけど、寢起きだったしもうレポートはほぼ完成してるっていう感覚だったから、さっきのもそうですけど、ちょっと操作が雑になってたんですよね多分。

僕その時、一回余分に押しちゃったんですよ。

 

あの、さっきも言った通り、その時僕が文字打ってたワードパッドのウィンドウって、寢る前から開いてたのをそのまま閉じずに、上書き保存だけして使い続けてたやつなんですよ。で起きてから僕がした操作って、さっきの文章のコピーアンドペーストと、あとはスクロールぐらいだから。

仮にそういう環境で「元に戻す」キーを一回余分に押したとしたら、そのウィンドウは僕がレポート作るのやめて布団に入る、直前の狀態に戻ると思うんです。

でも。

 

一瞬、別の操作をしてしまったんじゃないかって思ったんですよ。

Ctrlキーとzキーじゃなくて、なにか他のところを押しちゃったんじゃないかって。

だって操作を元に戻すって言ったって、そんな操作をした記憶なんて一切ないんですよ。

でもそれは紛れもなく、ワードパッドの操作を一回元に戻した畫面として表示されてて。

表示されてるその畫面いっぱいに。

 

見覚えのない畫像が出てきたんです。

書きかけのレポートのいちばん最後、

あとがきとか腳注とかが書かれてるページのさらに下、

ほとんど白紙になってるところに、

たとえば眠った後に忘れてしまわないようにってメモ書きでもするみたいに唐突に。

 

なんというか、説明が難しいんですけど。

ものすごく畫質の悪い、お晝の道路だか交差點を背景にして、

誰かがこちらを見て笑ってるって畫像なんですよ。なんですけど、

その笑ってる誰かが、明らかに後付けで合成されてるんです。

下手なコラージュ畫像っていうか。背景との畫質も全然違うし、遠近感もめちゃくちゃで。

いや、性別も分からないんです。

だって胴體や手足も挿げ替えられてるから。

それぐらいぐちゃぐちゃの、おそらくは人ってことしか分からないような誰かが、お晝の道路を背景にして、ただこっちを見て笑ってるっていう畫像で。

言葉では伝わりにくいと思うんですけど、それがなんというかすごくちぐはぐ で気持ち悪いんですよ。こわいとか背筋が凍るって感じじゃなくて、ただただ気持ち悪いんです。

 

なんか直感で、あっこの畫像は駄目だって思ったんですよ。それ見たときに。なんでこんな畫像がとか、いつこんなのを貼り付けたんだとかそういうことを考えるんじゃなくて、とにかくこれは駄目だって。漫畫や小説じゃあるまいし、別にそれを見たら死ぬとかそんな大仰なことを思ったわけではないんですけど、でもとにかくこれは見ていたくないって。

だからその畫像を消去しようとしたんですけど、その畫像をクリックして削除のキーを押そうとしたところで、でもこれ削除したらまた出てくるかもって思って。

だって削除してもそれは、削除したっていうふうに履歴が殘るじゃないですか。そしたらまた操作をやり直したときに會ってしまうんじゃないかって思ったらもっと、いやな気持ちになるって。今から思えばお世辭にも正常な判斷とは言えませんし、絶対にもっとたくさんやりようはあったんですけど、その時は考えつかなくてだから消去するのを一旦やめてもう一回、つまりその畫像が貼り付けられる前まで戻そうとしたんです。

だからキーボードの左下のあたりに指を置いて。

 

かた ってもう一回ctrl+zを押したら、

まだその畫像は表示されたままで。

その畫像のうえに一行、

 

あとでまた撮りに行く

 

って打った覚えのない文章が復元されたんです。

え、って思うよりも先に僕の右耳のそばで

 

「つづけなきゃやってらんないよねえ」

 

しらないひとのうれしそうな聲がして。

男性とも女性ともつかない、痰が絡んだような聲で。

ばっ、と周りを見回しても、

いつもの下宿部屋に、窓の向こうから真晝間の陽が射しているだけで。

だから一瞬、気のせいだと思おうとしたんですけど。

畫面上には相変わらずその畫像と一文が表示されてたから。

僕はそのまま、パソコンをシャットダウンしました。

 

シャットダウンする途中、保存されていないファイルがあります、なんて表示が出たんですけど、構わず強制的に畫面を閉じて。

結局、ファイルをもう一度開いたら、當たり前ですけど寢る前に上書き保存したときの狀態に戻っていて。

でも一回電源を切ってるから、操作を戻してどうこうみたいなことはできなくなっていました。

 

レポートはまた推敲とかをし直して提出して、提出した後すぐにパソコンからその文書ファイルは削除したんです。

念のためにそのパソコンの畫像フォルダとかを見直してみましたけど、あんな畫像はありませんでしたし。それから何かいやなことが起きたみたいなこともありません。

 


 

いえ、心霊スポットではないんですよ。

私の地元にそんな、お誂え向きの場所なんて無かったですし。仮にあったとしても、そんな場所に行くことは無かったと思います。

 

ほら、大學生になって免許を取ったってなると、どっかこわいところ行こうとかそういう話になるじゃないですか。夏休みが近かったせいもあってか、私の周りでも結構そんな話が盛り上がってて。でも別にそれは私たちが心霊とか怪談の類に興味あったからとかじゃなくて、どっちかというと夜中に人里離れたところで騒ぎたいからっていう理由の方が大きかったんです。

要は心霊スポットに行きたかったんじゃなくて、ただ単に肝試しがしたかったんでしょうね。中學高校で林間學校とかキャンプ場でやってたような、グループ組んできゃあきゃあ言いながら歩き回る、その延長線上というか。

 

だから、場所選びもかなり適當だったんですよね。少なくとも人家は無くて、車で行けるところで、それなりに暗いけど危なくはないところで、みたいな。本當は行きたい場所がまずあって、そこに行くために移動手段をどうしようとか考えたりするんでしょうけど。

ただまあ、それでもさっき言ったみたいな條件を満たすところっていうのは限られてくるわけで。場所を決めるのにそれほど時間はかかりませんでした。

 

私が住んでる學生街の最寄り駅からふたつみっつくらい離れた駅を出発して三十分ほど車で行ったところに、ちょっとした山があるんですよ。舗裝とか整備はされてるけど、なにか裏道とか近道になるわけでもないから、すごく人通りの少ないところで。

さっき言った通り、心霊スポットとかではないんです。何か事件があったとか、隔離されてる集落があったとか、當然ですけどそういう曰く因縁は全く無くて。

 

寧ろ、確か昭和の景気が良かった時代に、その山を切り開いて集合住宅か何かを作る予定があったみたいなんですけど。結局その辺りの區畫を造成地として或る程度きれいにした、っていう段階で放置されてるんですよね。だから現狀はただの開けた山道になってるっていう、まあこういう中途半端な田舎には結構ありがちな話で。

 

規模が小さいとはいえ山の中だし、アクセスも良いとは言えないところだから、わざわざ人が集まるようなところではなくて。だからこそ私たちみたいな目的の人からしたら、うってつけの場所だったんですよね。でさっきも言った通りその時は大學も夏休み前で、あと一、二週くらい講義とかテストを乗り切ったらその後は各自で期末レポートとかを終わらせてね、みたいな期間だったから、もう少ししたら何人か集めてそこ行ってみようぜってなって。

 

結局、そんな話があった二週間後の土曜日に、よく遊んでたグループの中で予定が合う人たちが集まったんですよ。私を含めて、男女合わせて五人ぐらいだったかな。夜の十時を回ったころ、さっき言った學生街から離れたところにある駅に集合して。ひとつの車にみんなで乗って、そこの駅を出発したんです。

 

そこの駅から件の場所までだらだらと車を走らせて、到著するまでの時間が大體三十分。そこまで行くのはみんな初めてだからもう少し時間はかかったかもしれませんけど、その移動中はベタに怪談話大會みたいなことをしてました。

それは誰が音頭を取る訳でもなく自然に始まったんですけど、まあいわゆる心霊スポットに行くわけではない分、せめてその前後には幽霊話とかをして場を盛り上げようっていう意図が何となくみんなの中にあったんでしょうね。

 

それこそ肝試しに行った學生グループがどうだとか、山の中にある心霊スポットがなんだとかそんな話をする人もいて、ねえやめてよって冗談めかして言ったりして。みんなテンションが上がり気味になってたこともあって、車の中はそれなりに良い雰囲気でした。

街燈の間隔もまばらになってきて、対向車どころか自分たち以外に人の姿が見えないような道をぐねぐねと進んで。

あと少しで目的地の山、集合住宅なんかを立てるために造成地にしたところで放置されてる、ひとけのない山の麓あたりに著くっていうところで。

私の隣に座ってた男の子が言ったんですよ。

 

なあ。そこって、家を建てようってところで何年も放置されてんだよな。

 

うん、と私も同乗しているひとたちも答えます。山を切り開いて家を建てようってとこまで行ったんだけど、そこから工事とかはされてないみたいだよ。

 

そこって、事件が起きたり、人が死んだりはしてないんだよな。

 

ないよ。そういうとこには行かないようにしようって話だったし。

 

うん。じゃあ、

なんで途中で建てるのを止めたんだろう。

 

彼はそう言いました。

 

同乗していた友達が、ぼつぼつと當てずっぽうの推論を並べます。

別に、途中で工事が取りやめになるってことはあるんじゃないの。

ね。家を建てようってなったのは何十年も前のことらしいし、土地だけ買ってさあ何建てようってしてるうちにバブルがはじけたとか。

今でも行くのにこんだけ時間かかるとこだし、だったら土地の値段はそんなしなさそうだもんね。

ほんとはその區畫だけじゃなくて、ここら一帯を開発しようとしてた、とかかもよ。先に家だけ建ててスーパーとかは後回しみたいな、今でもたまにあるけど。

いやいや、ここはやっぱり工事中に誰か死んだってパターンでしょ。やっぱあそこはジバクレイの棲み処だったんだって。忌み地だよイミチ。

なんでそんな大事故が新聞にも載らないんだよ。

 

はは、と皆が適當に會話を流している中で、車は真っ暗な山道を進んでいきました。

さっきの話がひと段落してから、車が二回か三回くらいカーブした頃でしょうか。

なだらかな斜面になった山道の先を進んでいくと、助手席側の窓の向こうから拍子抜けするほど簡単に、その場所が見えてきました。

 

坂を上り切った先で一旦エンジンを付けたまま停車して、皆で車を降りました。

 

停めた車の助手席側、つまり山道を登って左を向くと、そこには立ち入り禁止を示す簡素な立て札があって、その先が大きく開けた広場みたいになっているんです。

雑に放置された原っぱ、と言った方が近いかもしれません。

ざわざわとゆれる草は太腿のあたりまで伸びていて、私たちが來た道以外の三方は林に囲われていました。

その原っぱと山林には明らかな境界があって、恐らくその境界の範囲內が件の造成地、つまり以前に住宅建設のための整備がなされた場所なんだろうなって分かりました。縦橫十數メートルくらいの、一軒家にしては広くて集合住宅にしては狹い、そんな広さに感じました。

 

草がぼうぼうに伸びたそこを車の近くで眺めながら。

わざわざここに入るまでもないかな、って私はまずそう思ったんです。

例えば実際に廃墟がその場所に殘ってるとか、何かの祠が安置されてるとか、そういうスポットを選んでいるんなら話は別でしょうけど。私たちが選んだのはそういった曰くのない只の造成地です。

この中に何かがある訳でもありませんし、そもそも立ち入り禁止って書いてあるし、一応最低限の蟲除けなどはしてきましたけど、だからといって夏場の草木を分け入って進むのもなあと思って。

 

車を降りた皆も案の定、別にこの中に入らなくてもいいか、みたいな會話の流れになっていって。

結局、この立て札を肝試し用の目印にしよう、ということになったんです。

 

もっかい車に乗って少しだけ山道を降りて、そこを拠點にして、ひとりずつ車からこの広場までを往復する。で広場に著いたら、そこまで行った証拠として、立て札の寫真を撮ってから戻ってこないといけない。

その場の思い付きで、そういう風に肝試しの流れが決まっていったんですよ。

まあつまり、どっかに置いた目印を取ってくるとかそういう肝試しにありがちなルールを、そこにあった立て札を撮影するっていうやり方で代用したんです。その一帯にある目立った人工物がそれくらいしか無かったから、じゃあもうそこをチェックポイントにしようって。

 

皆で車に戻って、來た道を迂回することになりました。家を建てる予定があったような場所だから當然と言えば當然ですけど、山道を登りきったところは道幅に少し余裕があったので。

どの辺まで降りようかとか話しながら、下り坂になった山道をゆっくり進んでいきました。看板のあるとこから車が見えたら怖くないよねって話になって、結局二回くらい道を曲がった先で停車したのかな。さあここからひとりずつ行こうかって。

 

じゃんけんで負けた順で行くことになって、私は三番目、要は中間ぐらいのタイミングでした。懐中電燈とかスマホのライトはあるにしても、靜かで真っ暗な山道をひとりで進んでいくんですから、結構不気味なんですよ。

肝試し中は音がしないようにって車のエンジンを切ってたから、少し進むともう音も何もしない、しいんとした真っ暗な山道で。その日は風もそんなになかったから、ただ蟲の聲と、自分の歩いてる靴の音だけが聞こえてくるんです。

たまに、さりって草が擦れる音が聞こえると、その度に少しだけびくっとしてしまって。もし二人ペアで行くとかだったら、ペアの子に絶対笑われてたよなって思ったのを覚えてます。

 

漸く目的地の看板の前に著いた時も、その向こうにぽっかり空いたみたいに広がってる真っ黒な草原が、ついさっき皆と一緒に見たときとはどこか違うような感じがして。

一人分のライトでしか照らしてないから光量も心許なくて、それもあって猶更暗く見えるんですよ。だから私がそこに著いた時ももう早く車に戻ろうと思って、だいぶぶれた狀態の寫真を一枚ぱしゃって撮ったらすぐ早歩きで坂を下りていきました。

 

私も含めて皆だいたい七、八分くらいで戻ってくるんですけど、怖がったそぶりを見せていないような子でも、車に乗り込むとやっぱ安心したような顔つきになってましたね。寫真も私みたいにぶれぶれのとか真っ暗なのを一枚だけって人が大半で。

 

 

おい撮り直せよ絶対やだって笑いながら言い合いしてる子がいたり。そう、笑いながら言い合いしてる子がいたりして、怖いって言っても結局は身內での肝試しだから、何だかんだ楽しんでるような雰囲気はあったんですよ。あったのに。

 

私の次に順番が回ってきたのは、隣に座ってたあの男の子だったんです。ここに向かってるときに、なんで途中で建てるのを止めたんだろうって聞いてきた彼、彼が次の順番で、私が車に戻った後にじゃあ行ってくるって出ていって。

私は車に殘ってる人と雑談というか、もう順番終わった人と一緒になって、まだ行ってない人を怖がらせようとしたりしてて。

 

さっきも言いましたけど、その停車してるとこから広場前の看板までって、往復で大體七、八分くらいなんです。

勿論びびって早足になるとか逆に立ち止まっちゃうとかはあるでしょうけど、別に何百メートルと歩かせるわけでもないから、大きく差が出ることはない筈で。

 

彼、十五分くらい戻ってこなかったんですよね。

十分ちょっと経ったところであいつ遅いなって話はされてて、でもその程度だったら別に不思議には思わないじゃないですか。足でもくじいたのかなとか、そういう心配はあったんですけど。

 

でも更に五分経ったら、特に変わった様子とかもなく坂を下ってこっちに歩いてきてて、皆ちょっとだけ安心したような感じになって。

でも彼、怪我とかはしてないんですけど少し怪訝なというか、難しそうな顔をしてたんです。

懐中電燈のスイッチを切って後部座席に乗り込んで、みんながお帰り遅かったねって聲をかけても、返事はするんですけど何処か上の空な様子で。

 

そしたら彼が獨り言と話し聲の中間みたいな聲量で、

なあ、って言ったんです。

それこそ、あの広場のことを質問したときみたいに。

 

なあ、あそこにある立て札ってさ。

立ち入り禁止って書いてあるあれ、あれって。

あれって、仕方なく書いたんじゃないかな。

 

疑問形の語尾で、誰かが相槌を打ちました。

いえ、私も含めて、誰も彼が言ってることはよく分かんなかったんですけど。

急にそんな話を始めることも分かりませんし、そもそも立ち入り禁止の表示は多かれ少なかれ、そこに入ってしまう人がいるから仕方なくつくられるものでしょう。

 

そしたら彼は車の中の雰囲気を察しているのかいないのか、話を続けるんです。

いや、っていうのもさ、あそこに著いて立て札を撮ろうとして。

それをライトで照らしてズームしたり寫真撮ったりしてて、

でも全然うまく撮れなくて何回ももたもたしてたんだけど。

そこで看板をふっと見たら、その上の方になんかあったんだよ。

あの立て札がこう、橫長の長方形になってて、その四隅の右上と左上。持ってたライトの照らし方がそこだけちょっと違うっていうか、へんな感じに照り返すんだよな。

 

見たらそこ、テープが貼ってあんだよ透明なビニールの。それが看板のおもてっていうか、今見てる前面のとこだけじゃなくて、その裏側にも伸びてて。要はテープの切れ目が二枚とも、片側しか見えてないんだよ。

勿論いま見てる方の面になんか貼られてるものは無かったから、なんだろうって思って看板の裏側に回り込んで、そしたら。

 

裏側にはテープで貼り紙がしてあって。

たぶん油性ペンだと思うんだけど。

下手糞な字で、

 

ここにいてくださいますか

 

って書かれてたんだよ。

あれのこと立ち入り禁止の看板って呼んでたけど、

あれ多分、あっちがほんとうだと思うんだよな。

ほんとはあっちを伝えたくて、でもそれをそのまま看板にしちゃうと変に思われるから、仕方なく山道のほうにも立ち入り禁止って書いてんだよ。

 

あの紙さ。

そんなに汚れてなかったんだよ。

山道に放置されてる貼り紙なんだからもっと土とか付いてたり、

紙自體が剝がれてどっか行ったりしててもおかしくないと思うんだけど。

でもそんな汚れてなくて、あれ汚れてないなあって思って、

そのことを何かに結び付けよう、とした瞬間にうしろから

 

「あのね」

 

含み笑いでそんな聲がして振り向いたら、

ひとみたいなのがまうしろにたってて、

 

「どうしてもつじつまをあわせたいんだって」

 

って笑いを堪えながら言ったんだよ。

そこで俺、ああ、ってやっとわかって。

だから何回寫真撮っても顔しか映らないんだなあって

 

なあ、とそこで叫ぶように言ったのは運転席にいた同級生でした。

肝試しは中止にして、もう帰ろう、な。

夜も遅いし、そんな話やめてさっさと帰った方がいいって。

ひきつった作り笑いでそう言って、全員が車の中にいることを確認すると有無を言わさず山を降りて行ったんです。

 


 

いやそんな、怪談じゃないんですから、彼は別に體調を崩したとか學校を辭めたとか、そんなことにはなってませんよ。

その時の話さえ振らなければ彼はいつも通りなので、今でも會えば軽くお喋りもしますし、LINEで雑談したりとか。

 

ああそうそう、LINEで思い出した。自分はあの夜、色々といやだったこともあって、家に帰ったらシャワーも浴びずにすぐ寢たんですよ。それが大體、夜の一時くらいだったと思います。

で結局、朝の八時くらいに目が覚めたんですけど、自分は目が覚めたらいつもの癖で、スマホのメールとかLINEを見ちゃうんですよ。

家に帰った時點でだいぶくたくたで記憶も曖昧だったから起きた瞬間にちょっと心配したんですけど、スマホは律儀に充電されてたからああ良かったって思って。

 

でLINE見たら、一時間前くらいに新規のメッセージが來てて、見たら昨日一緒に肝試しに行った女の子からだったんですよ。

何だろうってトーク畫面見たら、「ごめんLINE見てなかった、なんか送ってた?」みたいな內容で。

あの、LINEって送信取り消しの機能ってあるじゃないですか。送ってから24時間以內だとメッセージを取り消せて、トーク畫面に誰々が送信を取り消しましたっていう表示だけが出るっていうあれ。

 

その子とのトーク畫面に、

自分が送信を取り消したって表示がびっしり並んでたんですよ。

送信した日付は今日になってて、だから自分が家に帰ってきてから起きるまでの間にやったってことになると思うんですけど、でも何かその子にLINEを送った記憶も、ましてやそれを取り消した記憶もないんです。

 

取り敢えずその子にはとにかく謝って、寢惚けてて操作を間違ったってことでその場は収まって。

その後に同じようなことが起きたりはしてないんですけど、でもあれはちょっと不気味でしたね。

 

え。

はい、曰く付きの場所ではないんですよ。元々どこ行こうかって話をしてたときにそういう場所はやめようって話になってて、それこそあいつが馬鹿みたいにそればっか言ってましたけど。

あの後で自分なりに、もっかい念入りに調べてみたんですけど、誰かがそこで亡くなってたりっていうことは一切ないし、表立った事件も全くなくて。だからあの時に彼が見たっていうなにかがどういう理由でそこに居るのかは、今も全く分からないんです。

分からないんですけど。

何でそこに家を建てようとしてたのかは、何となく分かる気がしてて。

いや完全に妄想でしかないんですけど。

 

多分、理由を付けたかったんじゃないかなって思うんですよ。

そこに家を、いや家でも何でもいいですけど、とにかく何かを建てて。

その建物に、こわいものがいるってことにしたかったんじゃないですかね。

 

だって、そうしたら理解ができるじゃないですか。

そこに誰かがいるのは何か、その家に恨みつらみを持ったまま死んじゃった人がいるからだとか。その家に住んでた人が化けて出てるんだとか。

多分そうしないと耐えられないと思うんですよ、何の脈絡も因縁もなく、誰かもわかんないやつがただそこにいるなんてことって。

 

それこそ心霊スポットとか曰く付き物件なんて、その場所で前に何か怖いことがあったから、今でも霊が出たり怪奇現象が起こったりするって噂が広まるわけじゃないですか。

でも過去を遡ったときに何もなかったら、何の理由付けもできないんですよ。

それはいやですよ。

いやですよね。

ざまあみろ

だから肝試しの後、

あいつもあそこで首吊ったんですよ。